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バトルロイヤル

 バトルロイヤルの火ぶたが切って落とされた。
 
 リング上の選手は総勢十二名。皆、窮屈そうにしながらも互いを牽制しあっている。

 こういうとき真っ先に目立とうとするのは、いつも決まって成瀬唯だ。

 早速はじまった。

 ライラ神威の前に歩み出て仁王立ちになり、五本の指を開いて斜め上へと突き出す。力比べを誘うときの構えだ。

「ライラーッ! 今日はうちが胸ぇ貸したるわー! どーんとかかってこんかーい、コラーッ!」

 何とも仰々しい口ぶりに、客席からどっと笑い声が上がる。

(こいつ、頭おかしいんじゃねぇか?)

 とでも言いたげな表情でライラも一歩前へと進み出た。

 途端に唯は態度を一変。

「と思うたけど、あかん、今日は仏滅やったわ。また今度にしといたる」

 慌てて逃げ出す姿に再び笑いが起こった。

 少し離れた場所では神楽紫苑、近藤真琴、相羽和希の三人が大空みぎりを何とか転がそうと奮闘中だ。

 大柄な選手やトップレスラーを皆で一斉に攻撃するのはバトルロイヤルの常套手段。普段はなかなか勝てないような相手でも、皆で倒して一斉にのしかかってしまえば3カウントを奪うのはたやすいはず――なのだが、相手がみぎりではそう簡単にはいかなかったようだ。

 彼女が腕や脚を軽くひと振りするたびに、三人とも右へ左へと振り飛ばされてしまう。それはまるで大人と子供の喧嘩のようにも見えた。

 三人がかりを何度か繰り返した後、紫苑が唐突に真琴の肩を両手で突いた。仲間割れだ。止めに入った和希も巻き込まれ、今度はみぎりのことなどそっちのけで三つ巴の争いをはじめてしまう。

 と、ここでライラから逃げ回っていた唯がみぎりに駆け寄り、背中から抱きついた。

「大空、ライラがこっちくるでー。ぼけーっとしとったらあかん。やられる前にやってまうのが勝負の鉄則や!」

 これは建前。

(ヒッヒッヒ。一匹ずつおびき出して大空にどつかせりゃ、うちの優勝間違いなしやわ!)

 後ろに張り付いたまま全員をみぎりに片付けさせ、最後にクイックで仕留めてしまおうという腹づもりなのだ。何とも唯らしい姑息な――もとい、うまい手口といえよう。真正面から当たると厄介なみぎりも、咄嗟の丸め込みにだけは極端に弱いのである。

 しかし、みぎりはリモコン通りに動いてくれるタマではない。迫り来るライラには目もくれず、唯の方へと振り返ろうとしてしまった。

「え~? なんですかぁ、成瀬さん~?」

「うちのことはええから、はよ、前、向かんかい!」

「前って、どっちの前です~?」

「あ、あかん。ライラ来てもうた!」

 唯が隠れるようにして、軽く身をかがめた次の瞬間のことであった。

「あれ~? こっちですか~?」

 みぎりがふいに逆方向へと上体を捻った。のんびりしているようでいて、こういうときだけは妙に動きが素早い。

 ゴツーン!

 みぎりの左肘が唯の側頭部をきれいに打ち抜いた。

 ディジー・クライのハイキックを食らった相手選手そのものの動きで、唯の身体が斜め方向にふわっと浮き上がる。口をぽかーんと開け、両目は大きく見開かれていた。何とも間抜けな表情だ。そして、一瞬の間を置いてからぐしゃりとマットに崩れ落ちた。

 すかさず周囲の選手たちが親亀子亀、そのまた上にといった具合で唯を押さえ込む。ミシェール滝や草薙みことまでもが、普段の試合振りからは考えられないほど滑稽な姿を晒していた。

「ワンッ! ツーッ! スリーッ!」

 試合開始、僅か3分での出来事であった。

 すべての子孫が離れると潰れたヒキガエル――いや、親亀というべきなのだろうか。ともかく無残な姿で失神した唯の姿が現れた。レフェリーは唯をエプロンまで転がし、場外にいる若手選手に指示してリング下へと降ろさせた。

 当のみぎりは肘に何か当たったことなど気にする素振りも見せず、一連のやりとりにもなんの関心も示さぬまま唯を探していた。

「成瀬さ~ん、どこ行ったんですか~? かくれんぼですか~? じゃあ、私が鬼ですね~」

 その目の前にライラが立ちはだかる。唯がリングを去ってしまったため、標的をみぎりに切り替えたのだ。

「フン、テメェは一度、〆てやろうと思っていたんだ。ちょうどいい。地獄を見せてやることにするぜ」

 ライラも長身な方なのだが、みぎりと比べると20センチほども差がある。向き合うとあからさまに見下ろされる形となり、彼女としてはそれがどうにも気にくわないらしい。

 みぎりの方はライラの声が聞こえているのかいないのか、相変わらずマイペースなままだ。

「どこに行ったんでしょう~? 成瀬さんがかくれんぼの達人とは知りませんでした~」

 と片手を額にかざして左右を見渡している。

「テメェ、シカトしてんじゃねぇぞ、コラ!」

「あ~、わかりました~。私、背が高すぎるから見つからないんですね~」

 ライラが殴りかかる。同じタイミングでみぎりが大きく腰をかがめ、結果として拳を避ける形となった。まるでコントだ。

「舐めた真似してんじゃねぇっ!」

 今度はトーキックを叩き込もうとする。

 そのとき突然、みぎりの背中を踏み台にして神塩ナナシーが飛んできた。

 ライラの頭上を越え、背中に飛びついて回転エビ固めでくるんと丸め込む。

 唯のときと同じように他の選手がわらわらと群がってきて、両肩や太ももの裏を一斉に押さえ込んだ。

「ざけんなーっ!」

 三つ入ってしまってから、ライラが慌てて上半身を起こす。体勢を維持したまま今度はナナシーが逆に押し倒され、同じように皆に押さえ込まれてカウント3。

 こちらもバトルロイヤルではお馴染みの光景である。

 ナナシーは苦笑しながら素直にリングをあとにした。しかし、ライラの方は気が収まらない。

「外に出ろ!」

 と指示するレフェリーを突き倒し、みたび、みぎりへと迫る。

「こン、ガキャぁっ!」

「こんなに探しても見つからないとすると~、もっと低いところに隠れているのかしら~」

 みぎりがマットに伏せてしまったため今回も空振りだ。ライラのケンカキックは空をきり、勢いあまってみぎりの背中へと乗りかかってしまった。

「……と思いましたけど、成瀬さん、こんなに背が低くはありませんよね~」

 思い直したみぎりが勢いよく立ち上がる。ショルダースルーの要領でライラの身体は大きく宙に跳ね上げられ、すぐ近くにいた真琴と中森あずみをいっぺんに押しつぶした。

 次の瞬間、霧島レイラと中江里奈が走り込んできて、正面からみぎりにショルダータックルを浴びせる。さすがのみぎりも、不十分な体勢から馬力に定評のある二人のぶちかましを食らってはフラつかないわけがない。

「あら? あらら~?」

 ドッスン!

 何歩か後ずさりした後、背中から倒れて先の三人をまとめて下敷きにした。真琴もあずみも仰向けだったため、3カウントが入ってしまった。

 みことがみぎりの身体をずらし、下敷きになった三人に逃げる空間を与える――いや、それは結果論だ。みぎりの身体を頭側へ転がし、両肩をマットにつけたといった方が正しい。

 残りの選手も、ある者はみぎりを押さえつけ、ある者はみことの身体を支える。

 だが、みぎりは腕力だけであっさりと全員を払いのけてしまった。

「あたた~。ちょっとだけ痛かったですぅ~」

 倒れたときに誰かの膝でも背中に突き刺さったのか、わずかに顔をしかめて腰の上辺りをさすっている。

 ライラが飛び起きてまたもみぎりに詰め寄ろうとしたが、とばっちりを受けた形のあずみたちに場外へと引きずり下ろされてしまった。今は客席の奥の方で三人揃っての小競り合いを続けている。

 その後、滝が里奈とレイラを立て続けにラ・マヒストラルで丸め込み、みことも草薙流腕十字で和希からギブアップを奪った。続いて滝が紫苑に天空の羽衣を決め、みことも一緒に押さえ込む。残るは四人。

 そう。四人いる。滝、みこと、みぎり。そして最後の一人は杉浦美月である。

 美月はこの試合に出場している選手の中では一番の格下だ。

 小柄な上に非力な彼女が生き残っているのは、ひとえに優れた判断力の賜物である。バトルロイヤルでは他の選手との接触を出来るだけ避け、体力を温存することが勝利への近道。かといって逃げ回ってばかりいては却って標的にされ易い。つまり、そう悟らせずにうまく立ち回るのがコツなのだ。

「困りました~。成瀬さんを見つけないことには、他の皆さんのお相手が出来ないじゃないですか~」

 みぎりはニュートラルコーナーへ上って外向きに腰掛け、客席へと目をこらしている。

 これを見た滝とみことは、一時休戦して共同戦線を張ることにした模様だ。一対一では手強い相手なだけに、さっさと退場してもらった方がお互いのためと考えたのだろう。決着はその上でつければいい。人数が少なくなった今となっては、トップレスラーの彼女たちが美月に足下を掬われる危険性も低かった。

 二人はみぎりの背後からそっと近づいてセカンドロープに乗り、素早く左右の脇を抱えた。ツープラトンでの雪崩式バックドロップを狙っているのだ。

「いざ、我らの決着の舞台へ!」

「はい!」

 みぎりは二人がかりで持ち上がらないほど重くはない。数字の上で彼女に最も近い体格を持つ《欧州の大巨人》ビッグ・アーシアは92キロ。全身、ナチュラルな筋肉の塊という点も一致しているが、あちらは寸胴で肩幅も広く、いかにもゴツいのに対して、みぎりは腰のくびれた女性的な体型をしている。ヒップサイズはアーシアよりひと周り大きいものの、そこを差し引いてもみぎりの方が軽いのは一目瞭然であった。

 身体が宙に浮く。あとは三人揃って後方へと倒れ込むだけ――。

 と思いきや、みぎりは空中で後ろ向きに身体を回転させてきれいに着地してみせた。意表を突かれた二人は逆に、不安定な姿勢でマットへ落ちる。

(お二人とも詰めが甘いですね)

 美月の分析はもっともだ。

 バレーボール出身のみぎりは、運動神経も跳躍力も並の選手以上に持ち合わせている。普通のバックドロップならともかく、雪崩式をこうした形で返すくらいは朝飯前の芸当だった。

 今の状況は美月にとってこの上ないチャンス。見逃す手はない。仰向けに倒れたままの二人の脚を片方ずつ抱え込み、いっぺんにジャックナイフで固めた。やや無理な体勢ではあったが、レフェリーがマットを三度叩くまではなんとか持ち堪えた。

(さて、最後の仕上げです)

 美月は一旦ロープへと走り、みぎりの背後から膝裏を軽く蹴った。効果としては膝カックンと同じだ。みぎりの膝が脱力し、カクンと腰が下がってよろける。素早く片脚をとり、後方へと転がした。

 みぎり相手には最も効果的な決め技といえよう。

「ワンッ! ツーッ! スリーッ!」

 決着と同時に、美月がしてやったりの表情で立ち上がる。

 みぎりの方は自由になったにもかかわらず、あられもない格好のまま制止していたが、10秒ほどしてとひょいと両足で勢いをつけてから上半身を起こした。

 まさにそのときである。彼女の視界にお目当てのものが飛び込んできたのは。

 我に返った唯がエプロンへ肘をつき、頭を振り振り立ち上がって来たのだ。

「あ~! 成瀬さん、見つけましたよ~!」

 かくして、その日のバトルロイヤルとかくれんぼは、わずかな時間差で無事にその幕を下ろしたのである。



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